理事長エッセイ

先生の熱意と指導力が安松幼稚園の誇り

平成20年7月
理事長 安井俊明
年齢に応じた 基本的生活習慣の確立を
―― 子供の自立を促し積極性が育ちます ――

本年も百十名ばかりの新入園児を迎えました。
今年の新入園児の特徴は「お母さん、お母さん」と泣く子は2割前後で例年より少なかったのですが、受身の子供の比率がとても多く、自分から何かをしようという意欲が乏しいのです。表現を変えると、「自分で出来る事は自分でする」という年齢に応じた基本的な生活習慣が身に付いていないのです。
 が、現在は例年通りに落ち着き、色々な事に対して活発に取り組んでいこうという意欲も湧いてきましたので、ご安心下さい。

 当園では、10年ぐらい前から、お昼のお弁当時に、自分でお箸を持って食べようとせずに、口を開けて先生に食べさせてもらおうという子が現れました。
そしてほぼ同時期に、手を洗う時に、蛇口の前に立っているだけの子供も現れました。
 少子化の中、色々な生活体験を子供にさせずに、お母さんが手を出し過ぎたのでしょうか。子育てとは手間隙(てまひま)のかかるものです。子供にさせずにお母さんがした方が能率的で楽ですが、そういう子育ては、必ず後にしっぺ返しがあります。
 今年は音楽会の練習でも、年少のクラスの1/4ぐらいの子供が、歌おうとしません。じっとしたままです。自分のことは自分でするという生活習慣をつけ、物事に意欲を持たせるためにはどうすればよいか、すべての先生が悩み、そして頭を絞りました。
 「そうだ。走らせよう。ダッシュをさせよう。」という事になり、歌の練習前に、運動場で何本かのダッシュをしました。走るのばかりは自分の足で、自分の力で走らねばなりません。
ダッシュを歌の練習前に毎日くり返すうちに、体を動かすことの爽快(そうかい)さと共に、自分のことは自分でしなくてはならないという精神を身に付けて行きました。
歌の練習でも口を開けはじめ、何事に対しても、明らかにやる気が出てきました。
何事も、子ども自身にやらせねば身につかないのです。

 基本的な生活習慣とは、子ども自身がその年齢で、これとこれは身につけておきたい事柄、出来ねば困る事柄と、幼児期は理解されたらよいでしょう。
(ペンギンなら泳げる。猿なら木に登れる。小鳥ならさえずることができる。3歳児なら自分で食事ができる。水道を開け閉めできる。排泄もできる 等々)
 例えば、誕生3ヶ月で首が据わる。これも生活の中で、お母さんが抱き方を変えたり、赤ちゃんに話しかける。赤ちゃんが声や音のする方に首を少し回すなどの色々な経験をし、頭を支える力が首についてきて、首が据わるのです。
 また1ヵ年前後で、離乳食、乳歯の生え初め、そしてそのころどっと出るよだれ。それらが相互に関連し、そういう経験があって、物を噛(か)む・飲み込む・脳の刺激等もあり、普通の食事に進むのです。
 大きい意味で、上記も基本的な生活習慣に含まれます。首が据わるのも、普通食を噛み飲み込めるようになるのも、お母さんが赤ちゃんを放っておいてはできないんですよ。通常は意識しませんが、お母さんの愛情から、生活の中で自然とできる訓練がなされているのです。

 自然界から具体例を挙げてみましょう。

●泳げないペンギン(元上野動物園々長・中川志郎の子育て論より)
 ある動物園でのことです。
ペンギンが泳げないのです。
実はこのペンギン、両親の折り合いが悪く、仕方なく飼育係が引き取って人工で育て上げたわけです。
成長は順調で、9ヶ月を過ぎるともう親と同じくらいの大きさになり、立派なペンギンに育ったのでした。
 しかし冷房室の小さなプールでは泳ぐのに適しませんし、人工保育ということもあって、そのまま2ヵ年ばかり泳ぐ機会がなかったのです。だからといって、ペンギンが水を怖がって泳げないなんて、誰が想像できたでしょうか?
 外のプールで強制的に泳がそうとすると、死に物狂いで首を振り、飼育係に噛みついてきました……。
 確かにペンギンという鳥には、泳ぐための体のつくりや能力は生まれつき備わっているのですが、実際の泳ぎは、その子供の時の環境の中に、能力を開発させる条件(基本的な生活習慣)がなければ発揮できないものなのでしょう。
 この例は、子供の環境・基本的な生活習慣・能力開発というものを考える上で象徴的な意味を持っているように思えます。
(ペンギンが泳げないのと同じように、入園までの日常に、歩くという基本的生活習慣がなく歩く経験が少なかった子供は、4歳前後でもヨチヨチ歩きです。)


●木に登れない猿(同)
 ある事情で人工保育で育てた猿も、離乳の時が過ぎ、サル山に帰る年齢になっても木に登れないのです。高い所にとまらせてやると、そこに必死になってしがみつき、キイキイと哀れな声を出して助けを求めます。そのままにしておくと耐え切れなくなって、枝からポトリと落ちてしまうのです。どうやら握力が足りないらしいのです。

 

考えてみればニホンザルの子供は、生まれるとすぐに母親の胸に抱きつき、母親がかなり早く歩いても走っても、そのままの姿勢を続けています。子供たちは母親に抱きつくことで、手足の握力が本来の機能を発揮できるように鍛えられているのです。この教育によって、握力を鍛える生活習慣ができあがり、猿は木に登れるようになるのです。
(1才前後の赤ちゃんの指力はかなりのものです。何かを持たしたり、大人が指を握らせたりして、指の筋肉と器用さが鍛えられます。こういう遊びが、お箸を上手に持つことにつながっていくのです。)

●小鳥のさえずり(産経新聞より)
 私達は四季を通じて小鳥のさえずりを耳にしているが、鳥の歌は人間の言語に似ている。鳥の歌の研究家・小西正一氏の『小鳥はなぜ歌うのか』によると、幼鳥を防音室に隔離して育てると、異常な歌をうたうようになるという。同じようにチイチイパッパとやっているようで、隔離された下で正常な歌をうたえる鳥の種は一つもない。
 小鳥でも歌う能力は先天的に持ってはいるが、若鳥は成鳥から歌い方を習わないと歌えない。その時期に歌を聞かないと手遅れになるのだそうだ。(幼い頃、周りから話しかけられないで、テレビを見させられて育った子供は、言語の分野で恐ろしい致命傷を受ける)

 以上のように、人間も動物も、親が作ってくれる適切な生活習慣の中で、その年齢にふさわしい事柄が獲得され、能力が開発されていくのです。

   

ある程度の距離を歩けること

水道の蛇口を開けたり閉めたりできること

自分でお箸を持って食べようとする意志が育つこと

排泄は便所でするものだと理解すること

2歳前後には、時には失敗はあっても、オムツよりパンツの方が快適だと子供が感じること

3歳で、まだうまくおしっこが出来ない時があっても、「おしっこしたいです」と言えること等々、乳幼児期における基本的な生活習慣を是非つけてやって欲しく思うと共に、そういう生活習慣をつけることが、お母さんの最も大事な仕事だという意識を持って欲しく思います。
(当園が3歳児保育を始めた昭和53年には、オムツをしている子供は一人もいませんでした)

 
 

またお母さんから、「3歳の子供が私の言うことを聞きません。」との話をよく聞きます。
 またある小児科のお医者さんは、診察の時に聴診器を当てるために、「子供の服を脱がせて下さい」と言うと、今のお母さんは「脱がせていい?」と子供にお伺いを立てたり「脱いでちょうだいね」とお願いしたりする。それで子供がむずがったり嫌がったりすると、もうどうしていいか分からなくなってしまう。(小児科医・田下昌明の「子育てが危ない」より)
 これなど、子供の問題でなくて親の問題です。大の大人が、年端も行かない子供のわがままをいちいち聞いてどうするのでしょう。親子関係が逆転していて、わずか2,3歳の子供の力が親より強く、子供が王様で親が僕(しもべ)なのです。
これでは、基本的な生活習慣を子供につけるなんて不可能です。

 乳幼児期から小学校にかけての教育の最大目的は、子供に基本的な生活習慣を身につけさせることです。
基本的な生活習慣の確立は、「自分で出来る事は自分でする」という自立を促し、これは色々な事柄に対する積極性を育てます。
高校で長年にわたり教えた私の経験から言うと、基本的な生活習慣を身につけていれば、学習面でも良い影響を大きく受けます。

 最後に
この稿を読まれて落ち込む方があれば、本意ではありません。最初のお子さんであれば、迷うことも多くありましょうし、排泄も個人差がありましょう。うまく出来ない事を非難しているのでは全くありません。
 お母さんに、子供に基本的な生活習慣を確立することの重要性を理解してほしい。そしてそういう理解の上でも、うまくいかない時もあるでしょう。そんな時は、私達がいくらでもサポートします。そこを忘れないで下さいね!!


(安松幼稚園新聞 第55号より)